2019年 06月 10日
京都へ(2)。 |
こんにちは。
今回の京都、僕にとって最大の目的は祇園にある
イタリア料理店
今回の京都、僕にとって最大の目的は祇園にある
イタリア料理店
「リストランテ デイ カッチャトーリ」
に行くことでした。
店主の永田さんは8年間のイタリア修業を経て
2008年に京都で独立。
永田さんとはイタリアで料理修業
していた時に出会いました。
北イタリアはピエモンテ州のアルバにある
ラリベラで僕が働いていた時に永田さん
はお客としてもよく来てくれました。
その時永田さんはミラノにある
クラッコペックというお店で働いて
いましたがその前はアルバ近郊の
山の上にある「リストランテ ダ チェーザレ」
僕が見たかったのは自分にはないイタリア滞在8年
に行くことでした。
店主の永田さんは8年間のイタリア修業を経て
2008年に京都で独立。
永田さんとはイタリアで料理修業
していた時に出会いました。
北イタリアはピエモンテ州のアルバにある
ラリベラで僕が働いていた時に永田さん
はお客としてもよく来てくれました。
その時永田さんはミラノにある
クラッコペックというお店で働いて
いましたがその前はアルバ近郊の
山の上にある「リストランテ ダ チェーザレ」
(以下チェーザレ)
というお店で5年間働いていて
僕にとって永田さんは
”チェーザレにいた日本人!” でした。
(チェーザレについてはまた別の機会でご説明
というお店で5年間働いていて
僕にとって永田さんは
”チェーザレにいた日本人!” でした。
(チェーザレについてはまた別の機会でご説明
させていただきます)
チェーザレは僕がイタリアで最も影響を受けた
チェーザレは僕がイタリアで最も影響を受けた
お店の一つで永田さんは8年間の
イタリア修業のうち5年間をチェーザレで
過ごしました。
料理もチェーザレで学んだことを大切に
守り続けてきたという感じ。
しかも10年以上。
これは本当に本当に凄いことだと思います。

ペペローニ インヴォルティーニ
過ごしました。
料理もチェーザレで学んだことを大切に
守り続けてきたという感じ。
しかも10年以上。
これは本当に本当に凄いことだと思います。

ニーノヴェルジェーゼ風。
リグーリア州、ピエモンテ州定番の温かい前菜。
セモリーノ(セモリナ粉を牛乳でといて揚げたもの)も。

明石鯛のソテー
サルサヴェルデと

タヤリン 鴨肉のラグー
予約の時にお願いして作ってもらいました。

じゃがいものニョッキ
浅利のトマトソース

岩手産ほろほろ鳥のロースト
(ちょっと食べかけてしまいました)

苺のミッレフォーリエ


嬉しくて写真を撮ってもらいました。
絵描きでもあるチェーザレが描いた絵をバックに。
永田さんは寡黙で芯がある人という印象。
イタリア語も堪能というか静かにボソボソっと
リグーリア州、ピエモンテ州定番の温かい前菜。
セモリーノ(セモリナ粉を牛乳でといて揚げたもの)も。

明石鯛のソテー
サルサヴェルデと

予約の時にお願いして作ってもらいました。

じゃがいものニョッキ
浅利のトマトソース

(ちょっと食べかけてしまいました)



絵描きでもあるチェーザレが描いた絵をバックに。
永田さんは寡黙で芯がある人という印象。
イタリア語も堪能というか静かにボソボソっと
しゃべる感じが妙にイタリアに溶け込んでる
様子を醸し出していました。
僕が見たかったのは自分にはないイタリア滞在8年
という長い歳月からにじみ出るもの。
店内は質素ながらも白いテーブルクロスを
きちんとひいた凛としたしつらえ。
僕はイタリアでテーブルクロスというのは
日本でいう畳なんだなと感じました。
料理も店づくりも永田さんが変身した姿だった。
それがこの京都という古都にしっくりと調和
してるように思えました。
店内は質素ながらも白いテーブルクロスを
きちんとひいた凛としたしつらえ。
僕はイタリアでテーブルクロスというのは
日本でいう畳なんだなと感じました。
料理も店づくりも永田さんが変身した姿だった。
それがこの京都という古都にしっくりと調和
してるように思えました。
by lalibera
| 2019-06-10 13:38



